TIG(ティグ)溶接機を使ってみよう

皆さんはTIG(ティグ)溶接機をご存じでしょうか?鉄、ステンレスだけでなく、アルミニウムなどの非鉄金属にも使えるため、幅広い用途に使う事が出来る溶接機です。発明当時、マグネシウムの大量生産とも重なっていたそうで、マグネシウムの溶接課題を解決するために生み出された技法の様です。この記事で、TIG溶接機の特徴を勉強してみましょう。

TIG(ティグ)溶接機とは

TIG溶接機のTIGとは何でしょうか?これはTungsten Insert Gasの略称で、電極にタングステンを用いつつ、不活性ガスを対象物に吹き付けてアーク溶接を行う事から名付けられています。TIG溶接機は1900年代初めにマグネシウムを溶接するために生み出されました。当時大量生産が開始されたマグネシウムは、溶接時に酸素と反応しすぎるため、上手く溶接出来ませんでした。TIG溶接機では不活性ガス(アルゴン)を吹き付けて酸素との反応を阻害するため、良好な金属溶接を得ることが出来るようになりました。
アーク溶接
TIG溶接が不活性ガスを使ってアーク溶接を行うことは分かりました。しかし、そもそもアーク溶接はどのような原理で溶接を行うのでしょうか?アーク溶接機はその名の通り、アーク放電という現象で溶接を行います。アーク放電は電極間の電位差により、空気の絶縁状態が破壊されて発生する放電現象です。この時、光と熱が発生するため、金属を溶接する事が可能となります。溶接時のアークの温度は5000度以上もの高温となります。
アーク放電を利用した溶接機には、消耗電極式溶接機と非消耗電極式溶接の2種類が存在します。消耗電極式は押し当てる電極が消耗して母材に溶けていく溶接方法です。一方、非消耗電極式では電極自体は溶けず、別途溶接棒を溶かして溶接します。TIG溶接は金属の中で最も融点の高いタングステンを使うため、非消耗電極溶接に該当します。
参考に、アーク溶接の種類を分けます。
消耗電極式溶接
被覆アーク溶接
被覆アーク溶接の被覆とは、電極(溶接棒)に巻いたフラックスや保護材の事を指します。風に強く、あらゆる場所で使用可能な溶接法です。手はんだに近い方法です。
炭酸ガスアーク溶接、マグ溶接(MAG溶接)、ミグ溶接(MIG溶接)、セルフシールドアーク溶接
溶接棒の代わりに溶接ワイヤーを使う半自動溶接機で行われる方法です。これらは利用するガスの種類で呼び名が変わっています。炭酸ガスのみを使う物を炭酸ガスアーク溶接、これに不活性ガスを加えたものをマグ溶接、不活性ガスのみを使う物をミグ溶接と言うようです。MAGはmetal active gasの略で、MIGはmetal gas insertの略です。また、セルフシールドアーク溶接は、これらのガスを用いない方法です。それぞれ一長一短の性質を持つようで、用途やコストによって手法を変えているようです。例えばアルミはMIGでないと溶接出来ません。
サブマージアーク溶接
粒上のフラックスと溶接ワイヤーを使用する方法で、所謂自動溶接機に使われています。
非消耗電極式溶接
TIG溶接(ティグ溶接)
金属の中で最も融点が高いタングステンを用いる溶接方法です。TIGはtungsten inert gasの略で、MIG溶接同様に不活性ガスを使います。MIG溶接同様、薄板や複雑な形状などの精密さを必要とする溶接に使われます。勿論、アルミの溶接も可能です。
プラズマ溶接
TIG溶接同様にタングステンと不活性ガスを使うのですが、アークの発生方法が違います。TIG溶接では電極から直接母材へアークが飛びますが、プラズマ溶接ではしぼりのような筒を通してアークを飛ばします。また、TIG溶接以上に電極が消耗しないため、長時間安定した品質で溶接が可能です。自動溶接向けの方法と言えるでしょう。
TIG溶接機の分類
TIG溶接機は電流方式により、直流溶接機と交流溶接機に分類されます。この内、直流溶接機は対象物の母材を陽極とするか陰極とするかで更に分けられます。母材を陽極とした場合を直流正極性、陰極とした場合を直流逆極性と言います。これらはどのように使い分けをすればよいのでしょうか?
まず、一般的に使用されるのは直流正極性です。これは溶接機の電極(タングステン)を守る観点からも推奨されています。この場合、タングステンから母材へと電子が飛ぶため、母材は常に加熱されている状態となります。金属なので、加熱されると当然ダメージを受けます。一方、タングステンの方はと言うと、特にダメージ無く溶接を行う事が出来ます。しかし、この方法ではアルミニウムやマグネシウムの溶接が行えません。これらの金属はすぐに酸素と結びついて酸化被膜を作るため、溶接の邪魔となります。母材の金属内部はすでに溶けているのに、酸化被膜に守られた金属表面は溶けておらず、溶接が進みません。
ここで、直流逆極性の場合を考えます。この場合、先ほどとは逆に電子は母材からタングステンへと飛びます。当然、タングステンは加熱されるため、消耗が激しくなるでしょう。一方、母材の酸化被膜はと言うと、電子が酸化被膜から飛ぶため、酸化被膜が分解されます。そのため、アルミニウムやマグネシウムでも上手く溶接できることになります。
しかしながら、電極の消耗はTIG溶接として容認出来ません。この解決のため、陽極と陰極が時間的に入れ替わる交流溶接機があります。特にアルミニウムは融点が低く、溶接部以外への熱の影響が出やすいため、アルミニウムの溶接には交流溶接機を使う事が多いです。
TIG溶接のメリットとデメリット
TIG溶接のメリットは、火花が飛ばないことです。火花が飛ばないため対象物が見やすく、正確に作業が出来ます。溶接の外観も奇麗な事が多く、良い仕上がりになりやすいです。また、被覆アーク溶接などでは火花に乗って金属粉が飛びますが、これも発生しません。火花が無いからか作業音も静かです。
一方で、一般的には溶接時間が長くなりやすいと言われています。時間にして被覆アーク溶接の5倍以上掛かるそうです。また、溶接場所も重要になってきます。TIG溶接では絶対にシールドガス(不活性ガスのこと)が必要なため、風のある屋外などでは作業が難しいかもしれません。

TIG溶接とMIG溶接

TIG溶接とよく似たものにMIG溶接と言う溶接方法があります。これらは何が違うのでしょうか?すでに紹介しているように、TIG溶接では電極にタングステンを使うため、電極が消耗しません。ただし、電極に変わる溶接棒を用意する必要があります。不活性ガスにはアルゴンガスやヘリウムガスが使われます。一方、MIG溶接は電極が消耗し、不活性ガスにはアルゴン、もしくはアルゴンに酸素を混ぜたものを用います。電極には溶接ワイヤーを用いており、半自動機として動きます。
TIG溶接のデメリットでも述べたように、TIG溶接は溶接効率、溶接スピードが遅いです。大量に溶接を処理しなければならない場合、MIG溶接を選んだ方が良いかもしれません。一方で、火花が出なくて対象を見やすいため、慎重に作業する必要があるときはTIG溶接の方が良いです。TIG溶接では、火花に乗って金属粉が飛ぶこともありません。

溶接機の比較

さて、それではTIG溶接機、MIG溶接機にはどのような機種があるのでしょうか。今回紹介するものはほとんどがTIG溶接機能、MIG溶接機能を兼ね備えています。何を重視するか十分考慮して選んでいきましょう。

HITBOX MIG溶接機HBM1200

HITBOX MIG溶接機HBM1200

被覆アーク溶接、MIG溶接、TIG溶接が全て対応可能な機種となっています。3in1との呼び名そのままですね。色々試してみたい方や、用途によって溶接方法を変えたい人にとってかなりお買い得かもしれません。ちなみにMIG溶接と書いていますがセルフシールドアーク溶接のようでノンガス仕様となっています。アルミニウム対応の場合は、おそらくTIG溶接モードを使う必要があると思われます。

メリット
  • お手頃価格
  • 1台で被覆アーク溶接、TIG溶接、MIG溶接が可能
  • 電圧が110V, 220Vのデュアルタイプ
  • 電圧、電流を細かにコントロール出来る
デメリット
  • MIG溶接時、専用のワイヤーを購入する必要あり
  • TIG溶接時のガスは別途購入する必要あり
  • 電圧対応について考慮する必要あり
  • 交流溶接機能が無い

ポータブル溶接機 MASTER TIG ‐ 200AC

ポータブル溶接機 MASTER TIG ‐ 200AC

被覆アーク溶接とTIG溶接が対応可能な溶接機です。TIG溶接では交流モードも使用できるのも魅力です。色々とボタンが付いており操作が難しそうですが、デジタル表示付きなので安心して動かせそうです。

メリット
  • 1台で被覆アーク溶接、TIG溶接が可能
    
  • TIG溶接は交流溶接モードが使用できる
    
  • デジタル表示のため操作確認が容易
    
デメリット
  • 価格が高価
    
  • 電圧が220Vで対応可能か考慮する必要がある
    
  • 溶接時のガスは別途購入する必要あり
    

電気溶接機 スマートウェルダー MIG250GDM

電気溶接機 スマートウェルダー MIG250GDM

被覆アーク溶接、MIG溶接、TIG溶接対応可能機種です。出力調整やシールドガスの調整が細かに出来る溶接機となっています。デジタル表示なので安心して動かせます。

メリット
  • 台で被覆アーク溶接、TIG溶接、MIG溶接が可能
  • 出力を細かにコントロール出来る
  • デジタル表示のため操作確認が容易
デメリット
  • 価格が高価
  • 電圧が230Vで対応可能か考慮する必要がある
  • 溶接時のガスは別途購入する必要あり

電気溶接機 スマートウェルダー3P MIG溶接機 MIG300GDL

電気溶接機 スマートウェルダー3P MIG溶接機 MIG300GDL

スマートウェルダー MIG250GDMとほとんど同じですが、こちらは電圧が380V(3相)となっています。それに伴い出力も強くなっています。使用環境や対象物が限定される可能性もありますが、出力が必要な方は検討してみても良いかもしれません。

メリット
  • 1台で被覆アーク溶接、TIG溶接、MIG溶接が可能
  • 出力を細かにコントロール出来る
  • デジタル表示のため操作確認が容易
デメリット
  • 価格が高価
  • 電圧が3相380Vで対応可能か考慮する必要がある
  • 溶接時のガスは別途購入する必要あり

電気溶接機 ARC250

電気溶接機 ARC250

最後にシンプルな被覆アーク溶接機を載せておきます。こちらはお手頃価格で購入でき、かつ操作が分かりやすいため初心者の方にもおすすめです。

メリット
  • お手頃価格
    
  • シンプルな作りで操作が分かりやすい
    
デメリット
  • 電圧が220Vで対応可能か考慮する必要がある
    
  • ディスプレイなし
    

その他必要な道具

ここでは、TIG溶接やMIG溶接を行う際に必要な道具を見ていきましょう。
溶接棒、溶接ワイヤー
TIG溶接の場合もMIG溶接の場合も、溶接棒もしくは溶接ワイヤーが必要です。TIG溶接の場合はタングステンの電極とは別にこれらを母材に当てて溶接を行います。MIG溶接の場合はこれらそのものが電極となり、溶接が行われます。溶接ワイヤーを使う場合は半自動のため、効率的に作業が出来ます。なお、溶接棒や溶接ワイヤーの種類と対象物の母材の種類は同一になるようにします。

不活性化ガス

TIG溶接の場合、不活性化ガスはアルゴンガス、ヘリウムガス、アルゴンとヘリウムの混合ガス、アルゴンと水素の混合ガスが使用されるようです。ヘリウムや水素を混合するとアルゴン単体よりも熱が発生するため、より効率的に溶接を行えるという利点があります。ただし、水素混合の場合は強度低下の可能性があるため、利用出来る金属が限られているようです。
MIG溶接の場合も、アルゴンガス、ヘリウムガス、アルゴンとヘリウムの混合ガスが用いられています。また、TIGとは違い、アルゴンと酸素の混合ガス、アルゴンと二酸化炭素の混合ガスが使われることもあるようです。酸素や二酸化炭素を加える理由は2つあり、1つはアルゴンだけでは鋼を溶接出来ないためです。もう1つは作業性の問題で、アルゴンだけではアークが安定しないことが挙げられます。
なお、ヨーロッパではアルゴンが安いためアルゴンガスが使われることが多いようです。一方、日本では昔はアルゴンが高価だったらしく、ヘリウムガスを用いる事も多かったようです。

手袋

溶接用手袋も必須です。特にMIG溶接では火花や溶接時の飛沫が飛ぶため、手、腕の保護を目的に手袋をする必要があります。TIG溶接でもあった方が良いでしょう。各メーカーより多くの品が出ていますが、基本的に耐熱仕様となっています。初心者の方は腕までカバーするタイプがおすすめです。

遮光面
遮光面も用意しましょう。TIG溶接、MIG溶接を問わず、溶接時には激しい閃光が発生します。また、溶接時の飛沫を防御する意味でも、必ず利用しましょう。手持ち式の溶接面の場合、片手で溶接機を作業しながら、もう片方の手で遮光面を持つことになります。なお、ものによっては溶接時のみ光に反射して自動遮光する製品もあるそうです。

溶接のやり方

色々と道具が揃ったところで、早速溶接にチャレンジしてみましょう。
準備
まずは作業場所の確保です。TIG溶接もMIG溶接も不活性化ガスを使用する事が多いため、風の強い屋外では作業が難しいと思われます。駐車場やガレージが良いかもしれません。また、燃えるものが多い場所は危険なので止めておきましょう。
作業場所が決まったら、次は対象物の周りをチェックしましょう。溶接機や対象物の周りに物が無いかチェックして下さい。溶接機の火力は5000度以上です。不要に物が置いてあると、思わぬ火災や火傷の原因になり大変危険です。
溶接機と対象物の他に、遮光面、手袋、溶接棒や溶接ワイヤー、不活性化ガスも一緒に準備しておきましょう。慌てて取り出すのは事故の元です。

実施

準備が出来たところで、早速溶接をしていきます。と言っても、溶接自体は特殊な作業ではありません。詳しくは各社取扱説明書にも載っていますが、基本的には対象物を床に置き、溶接したい場所に溶接棒や溶接ワイヤーを当てていくだけの作業となります。溶接が完了したら、金属の汚れ等をハンマーやブラシで落としましょう。
TIG溶接やMIG溶接は不活性化ガスの種類によって見栄えや強度が変わることもあるそうです。慎重に選択し、何を使えば最も良い結果を得るか経験を積む必要があります。勿論、溶接の技術的な習得も必須です。上手い人と下手な人で仕上がりは大きく変わってしまいます。何度もトライアンドエラーを重ねましょう。出力調整がデジタルのものであれば、少しずつ値を変えて状態を観察します。出力が強すぎると対象部は溶けますが、出力が弱すぎると金属は溶けません。
多くの練習をすれば、いずれ質の良い溶接技術を身に着けることが出来ます。長い道のりですが、少しずつ習得していきましょう。

終わりに

アルミニウムやマグネシウムなどの非鉄金属を溶接するには、TIG溶接やMIG溶接を行わなければなりません。安全に作業できるように、十分な空間を確保してください。また、溶接機を含め、手袋、遮光面、溶接棒、溶接ワイヤー、不活性化ガスなどの準備も忘れず行ってください。 今の時代、ウェブを使えば溶接方法や溶接のコツなどが幾らでも出てきます。しかし、実際に技術を習得するには実施訓練をするしかありません。トライアンドエラーを繰り返し、溶接技術を少しずつ上げていきましょう。